教えることが出来ない人の見分け方
人に教わる機会は多い.
そんな中で人に教えることが難しいと悩んでいる人がいたので,それについて考える機会があり,自分で考えてみたところ,気が付いたことがあったので書いてみる.
弊社は一定の金額でツール(システム)をお貸ししている会社ではあるが,ツールの使い方を説明したり,またどうしてそのような改良を行うのかを説明する必要があるので,多岐にわたってアドバイスすることがある.

そして,全社的に使うとなるとアドバイスしたお客様がさらに社内の方々に教えていくことになる.
なので仕事に全く関係がないということもいえないので,ここで記事として書く.
教えることが出来ないのに教えている人が多いという事実
世の中に出ると「なぜ,この人は人に教えているのだろう?」と思うことは多々ある.
根本的に思うのは「分かっていないのに人に教えることをなんとも思っていない人の多さ」についてだ.
つまり,こういう人があふれているからおかしな考え方をする人が増えていくのだろう.
しかも,始末が悪いのはいかにも「分かっている風」で説明をすることだ.
教えてもらってる方も自信満々で説明されると「間違っている」とは思わない.
これを突き詰めて考えると「自分が分かっていないことを分かっていない人の多さ」に突き当たる.
そういう点からして,そもそも「この人は教えることが出来る人なのか出来ない人なのか」を見分ける簡単な方法があればとても助かるのではないか.
そして教えることが出来る人を見つけるのは難しいが,教えることが出来ない人を確定するのはそれほど難しいことではない.
教えることができない人がどういう人か分かれば,教えることが出来る人になるためにはどうすればよいかも自ずとわかる.
教えてはいけない人の見分け方
難しい質問をする
それは質問をするということだ.
自分が回答が分かっている質問をするのは気が引けるかもしれないが,明確に「教えてはいけない人」が断定できるのはそのような質問となる.
そして,その質問は難しいものであればあるほどよい.相手が回答できないほど難しい質問がよい.
その回答が正解であるならば,その質問では断定できなかったということになる.
回答はできなくてもいい.回答できない場合に「分からないので調べます」という回答であれば,「教えられない人」という烙印を押すことは出来ない.
回答が間違っている人は確実に「教えられない人」である.
「恐らく,こうだと思う.」といって間違った回答をいう人,これも「教えられない人」である.
なぜ,そういうことが分かるのか
間違った回答を平気で言う人が「教える資格がない」というのは誰でも分かることだろう.
そして,そういう人が世の中には多数いることも分かるだろう.
つまり,ほとんどの人は教える資格などない.
この「教える」「教えられない」は分野を絞っての話と考えてもらえばよい.
だから冷静に考えれば,人から言われたことを鵜呑みにしたり,ネット上で流れてくる情報(SNS)をそのまま信じるということがおかしいことはよくわかるだろう.
知人ですら背景が分からない人が多いのに誰が書いているか分からないホームページや Twitter(X),掲示板の情報を鵜呑みにしてよいわけがない.
なのに,これだけ嘘情報がまかり通るというのは恐ろしいことだ.
難しい質問をすることの副次的なメリット
これは偶然分かったことだが,その人が誠実な人かそうでないかを見分けるのに難しい質問は使える.
答えられなかった場合に正直に「分かりません」と言える人はまず誠実といえる.
しかし,それで終わる人がほとんどであろう.
いい加減なアドバイスをする人々
その際に「こうすればいいんじゃないか?」というアドバイスをする人は実は優しい人のように見えるが全然優しくないし,誠実でない.
本当に「そうやってうまくいくか分からないのに適当にアドバイスしているだけ」のむしろ役に立たない人間なのだ.下手にアドバイスされると「一度やってみないと悪いかな?」と思ってしまう人はただの餌食になってしまう.
本当に誠実な人はまず自分でやってみてうまくいってから「こうすればよい」という筈である.
だから,よく大阪で何か話をした後に「知らんけどな.」とつける話があるが,これは「やってみてもダメかもわからんぞ」,むしろアカンやろなというニュアンスが入っているので「知らんけどな.」と言わない人よりもよほど誠実なのである.実際「知らんけどな」と言われて「試す人」はほとんどいない.つまり,笑い話になっているだけで試す無駄な時間を費やすことがないのでマシなのである.
調べて後日アドバイスをくれる人
この人は「教える資格がある人」と言える.
私も大学生の時の研究室にいた先輩がその時,質問したことに答えられず「分からない」といった後に翌日,質問した自分がすっかり忘れていたのに「あれはこういうことだ」と教えてもらったことがあり,実はひそかに感動していた.人とはこうあるべきだと思ったのだ.今でも尊敬する人である.
しかし,こういう人にはなかなか出会えない.
教えることができない人への対処方法
これは単純に「二度と聞かない」に尽きる.
時間の無駄になってしまうので別の人に聞くようにするべきだ.
逆に自分が「教えられない人」にならないようにするためにはいつも自分で考え,わからない時は「分からない」と正直にいい,調べればわかることなら,調べ,人に聞けばわかりそうなことは人に聞き,回答を見つけ出すことだ.見つからなければ,それは仕方がないが,見つかったら,最初に質問をくれた人に回答する.
これを続けていれば,自然に人に尋ねられる人になる.
ということで,どんどん難しい質問をしてみよう
自分で分からないことを質問して,いい加減な回答をされた場合はその人には一切質問はしないようにすればいいだけである.
「分からない」という回答はその人が誠実な人だということが分かるので,それはそれでいい.
正しい回答をもらえるなら,それに越したことはない.自分の知識が増えるのでとてもよい.
簡単な回答は出来るだけ自分で何とかするべきなのは言うまでもない.
思えば,小学校,中学校ではよく質問していた気がする.先生はみんな誠実に答えてくれた.今思えばありがたいことだ.